日本の恋愛の歴史



恋愛という言語は1847年 - 1848年にメドハーストによる『英華辞典』にみられるのが最古である。ただし定着は遅れ、北村門太郎(後の北村透谷)も明治20年(1887年)にはラブと表記している。


[編集] 歴史
日本では、古くから恋は和歌の最も多い題材であり、物語文学でも貴族の恋模様を描いたものが多い。古代においては男女どちらからでも求愛が出来た。女性は男性からの求愛を待たなくとも恋愛感情と自らの意志で結婚相手を選ぶことができた。(出典:『結婚式−幸せを創る儀式』NHKブックス)
明治時代には中流階級では家制度による親が結婚相手を決めるお見合い結婚が多かった。明治から大正にかけて、文化人を中心としてロマン主義の影響もあって、恋愛結婚が理想的なものと喧伝され、大正時代には恋愛結婚に憧れる女性と、保守的な親との間で葛藤がおこることもあった。(加藤秀一『恋愛結婚は何をもたらしたか』ちくま書房)
高度経済成長期以降は、恋愛結婚の大衆化により、恋愛は普通の男女であれば誰でも出来る・すべきものだという風潮が広がった。又、1980年代後半から1990年代初頭のバブル景気の日本では恋愛で消費行動が重視される傾向があったとされ、「この時(イベント)にデートするならばここ(流行の店など)」「何度目のデートならどこにいく」というようなマニュアル的な恋愛が女性誌や男性向け情報誌、トレンディドラマなどで盛んにもてはやされた。『和田先生が教える「勝ち組女」になる技術』(PHP研究所)によれば、恋愛して結婚できた者が「勝ち組」であると定義された。
現代では、親の意向にのみ基づいたお見合い結婚は減少し、夫婦の間の愛情を重視する恋愛結婚が大多数となった(リクルート「結婚トレンド調査2006」)。